病  歴
1才4ヶ月: 風邪から肺炎になり、初めて入院。その時期、数回入退院を繰り返した。

2才: 色々な検査をする中で、肝臓が悪い事を発見。

2才の冬: とても危ない状態になり、最悪の事を考えておくようにと先生から告知された。

2才の春: 愛知県豊明市の藤田学園大学病院へ転院。1年半をそこで過ごした。その時、現在の袋井市民病院の中島先生と出会った。

5才: 幼稚園に入園。1日おきの登園。この頃から黄疸が目立つ様になりはじめた。体にむくみとかゆみが出始めた。

6才〜小学生: 年に1〜2回、体調を崩し時々袋井市民病院に入院。 小学生の頃はどうにか現状維持。 しかし・・・

12才〜中学生: 腹水がたまりはじめて、黄疸もよりひどくなってきた。


 幼稚園の先生も、
 今でも応援してくれています

中学2年の春: 袋井市民病院の先生から、生体肝移植の話を聞き、初めて京都大学 付属病院へ行き移植についての詳しい話を聞いた。 その後、状態がどんどん悪くなり、黄疸検査の数値がビリルビン26mg/dl まで上がった。(正常値は0.3〜1.3mg/dl)

中学2年の夏: 8月になってから、京大へ移植のために入院。母親→理恵へ生体肝部分移植。 8月中旬の手術予定が、急患が入り2度の延期。 3度目の正直で9月8日に母親の60%の肝臓を理恵に移植。 ドナーの母親は約6時間 本人理恵は約12時間の手術に耐え、無事成功! リハビリ中はいろいろありましたが、見る見るうちに黄疸が無くなっていくのがわかりました。とても嬉しかった。 11月10日退院。
中学3年: 大腸の具合が悪くなりはじめ、潰瘍性大腸炎と京大病院にて診断されました。

高校1年: どうにか高校生になることができました。

高校2年: 小学生から1度も行けなかった修学旅行に初めて行く事ができました。大阪・九州への修学旅行。

高校3年: 春すぎから黄疸が目立ち始め、6月下旬に京大病院へ入院。肝臓の精密検査の結果、原発性硬化性胆管炎(通称PSC)と診断された。PSCは潰瘍性大腸炎との併発が知られており、症例と一致。最悪の検査結果が出てしまった。PSCは原因不明。治療法が特にない難病。潰瘍性大腸炎の単独での発病はかなりの患者が居るがPSCは極少数。

以上のことから、手段は1つ。
再肝臓移植。

そのなかに選択肢は2つ


1.日本での脳死ドナーからの提供を待つ
しかし、日本では年に2〜3人程度しかドナーがあらわれないので、かなり困難。
現在の肝臓の提供を待つ待機者は80名程居る為、時間が無い理恵には期待できない。

2.外国に渡り脳死したドナーからの提供を待つ

アメリカでは年間3000〜4000件の肝臓提供があり、アメリカで待機することができれば、かなり早い時期に移植を受けることが考えられる。

2つの中から選択を考えれば、やはり外国に渡り脳死ドナーからの提供を待つ事が得策。
(選択肢はあくまでも専門家では無く、家族の知りうる範囲の知識に基づく選択肢です)
しかし、保険が外国では使えない為、とてつもない多額な費用が必要になってしまうデメリットがある。